東京地方裁判所 昭和43年(ワ)6245号 判決 1969年12月05日
原告
橋本いち
外四名
代理人
八木下繁一
同
八木下巽
被告
大東通運株式会社
代理人
高柳貞逸
被告
平田倉庫運輸有限会社
代理人
大庭登
主文
1 被告らは、連帯して原告橋本いちに対し三五万二三三七円、原告橋本可つ子、同橋本安夫、同橋本吉司、同橋本守司に対し各二万六一七〇円および右各金員に対する昭和四三年六月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の各支払いをせよ。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを七分してその一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することできる。
事実
第一 当事者の申立
一 請求の趣旨
1 被告らは、連帯して原告橋本いちに対し一一六万五〇〇〇円、原告橋本吉司に対し七三万六六三〇円、原告橋本可つ子、同橋本安夫、同橋本守司に対し各五六万六〇〇〇円および右各金員に対する昭和四三年六月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをそれぞれせよ。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
との判決
第二 当事者の主張
一 請求の原因
(一) 事故の発生
訴外橋本文太郎(以下、文太郎という。)は、次の交通事故(以下、本件事故という。)によつて死亡した。
1 発生時 昭和四二年一〇月一三日午前九時一〇分ごろ
2 発生地 東京都荒川区東日暮里三丁目一八番八号先道路上
3 加害車 普通貨物自動車
運転者 訴外竹内昭夫(以下、竹内という。)
4 態様 右道路上を歩行していた文太郎に加害車が接触
(二) 責任原因
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故によつて生じた次項の損害を賠償する責任がある。
1 被告大東通運株式会社(以下、被告大東通運という。)は、竹内を通運事業に被用し、同人が被告大東通運の業務を執行中、前方不注視の過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七一五条一項による責任。
2 被告平田倉庫運輸有限会社(以下、被告平田倉庫運輸という。)は、加害車を保有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
(三) 損害
文太郎は、本件事故によつて頭部・顔面・胸部挫傷の傷害を負い、このため昭和四二年一〇月一七日午前四時四〇分死亡した。その損害額は次の如く算定される。
1 医療費等
原告橋本吉司(以下、原告吉司という。)は、文太郎の前記負傷ないし死亡に伴ない以下の費用の支出を余儀なくされた。
(1)医療費・付添人費用 一九万三二一〇円
(2)入院雑費 四四七〇円
(3)葬式費用 八万円
2 文太郎に生じた損害とその相続
(1)文太郎が喪失した得べかりし利益五九万九六一三円
(死亡時)七三歳
(職業) 不動産売買の仲介など
(稼働可能年数)
4.4年
(収益) 月額最低二万二九〇〇円
(控除すべき生活費)
月額一万一四五〇円
(毎月の純利益)
月額一万一四五〇円
(年五分の割合による中間利息の控除)
ホフマン複式年ごと計算による
(2)文太郎の慰藉料 三〇〇万円
(3)原告らによる相続
原告橋本いち(以下、いちという。)は、文太郎の生存配偶者として、その余の原告らおよび訴外橋本厳はいずれも子としてそれぞれ相続分に応じ文太郎の右賠償請求権を相続した。その額は
原告いちにおいて 一一九万九八七一円その余の原告らにおいて 各四七万九九四八円である。
3 原告らの固有の慰藉料
原告らの精神的苦痛を慰藉するためには、原告いちに対し一〇〇万円、その余の原告らに対し各五〇万円が相当である。
4 原告吉司が喪失した得べかりし利益 九万円
原告吉司は、本件事故当時、訴外株式会社宮地鉄工所に工員として勤務し、月額平均三万三〇〇〇円の給与を得ていたが、前記文太郎の負傷による入院中の看護、同人の死亡による葬式の執行のため、また、文太郎の葬式の日である昭和四二年一〇月一九日、その死亡による精神的打撃に基因する高血圧症によつて倒れた原告いちの入通院の看護・付添などのため、事故当日の同月一三日から昭和四三年五月初旬まで約六ケ月の間、一月平均一〇日欠勤して前記給与を月平均一万五〇〇〇円減額された。
5 損害賠償額の支払いの受領および充当
原告らは、保険会社から二七五万六六五三円の損害賠償額の支払いを受けたので、それを次のとおり前記損害額に充当する。
ア 1の(1)の医療費・付添人費用に 一九万二九五〇円
イ 2の(1)の文太郎が喪失した得べかりし利益に 五九万九六一三円
ウ 2の(2)の文太郎の慰藉料に、負傷によるそれとして五〇〇〇円、死亡によるそれとして五〇万円
エ 3の原告いちの慰藉料に六六万六六六六円、その余の原告らのそれに各二六万六六六六円
(四) 結論
よつて、被告らに対し原告いちは一一六万五〇〇〇円、原告吉司は七三万六七三〇円、その余の原告らは各五六万六〇〇〇円および右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年六月一五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。
二 請求原因に対する答弁
(一) 被告大東通運の答弁
1 請求原因第(一)項中、文太郎が死亡したことは認めるが、その余の事実は不知。
2 同第(二)項の1中、被告大東通運が竹内を使用していたことは認めるが、同人が本件事故の際被告大東通運の業務を執行していたことは否認する。竹内が本件事故を前方不注視の過失によつて発生させたことは争う。
3 同第(三)項中、2の(3)の原告らが文太郎の相続人であることおよび5の原告らがその主張の損害賠償額の支払いを受けたことは認めるが、その余の事実は争う。
4 同第(四)項は争う。
1 請求原因第(一)項は認める。
2 同第(二)項の2中、被告平田倉庫通輸運が加害車を保有していたことは認めるが、その余は争う。
3 同第(三)項中、2の(3)の原告らが文太郎の相続人であることおよび4の原告いちの病状は不知、5の原告らがその主張の額の賠償額の支払いを受けたことは認める。1の(1)の原告吉司がその主張の如き医療費・付添人費用を支出したことおよび5の原告らがその主張のように賠償額の支払いを損害額に充当することは争う。その余の事実は否認する。
4 同第(四)項は争う。
三 被告平田倉庫運輸の抗弁
竹内は、加害車を被告平田倉庫運輸の指示をまたず、勝手に運転したものであるから、同被告は、本件事故当時、加害車の運行に対する支配を喪失していた。
四 被告平田倉庫運輸の抗弁に対する答弁
抗弁事実は争う。
理由
一(事故の発生)
請求原因第(一)項中、文太郎が死亡したことは当事者間に争いがなく、その余の事実は原告らと被告平田倉庫運輸との間においては争いがなく、原告らと被告大東通運との間においては<証拠>によつてこれを認めることができる。
二(被告大東通運の責任)
被告大東通運が竹内を使用していたことについては当事者間に争いがなく、同被告が通運事業を経営するものであることについては同被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。そして<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
竹内は、被告大東通運の積卸員をしており、同被告三河島営業所に所属して日本国有鉄道三河島駅に発着する貨物を貨車および自動車に積卸しする作業に従事していたこと、竹内の賃金は貨物を自動車に積卸しする量に応じて支払われる・いわゆる出来高払いであつたこと、同被告は右営業所には運送用の自動車を配置しておらず、貨物の運送は通常荷主等がやつていたので、それらから要請があるときは隅田川支店に配置してある自動車で貨物の集配することもあつたこと、同被告は被告平田倉庫運輸と取引きがあり、同被告の需要に応じて鉄道による物品運送の取次ぎまたは運送物品の鉄道からの受取りをしていたこと、竹内は事故当日の昭和四二年一〇月一三日午前八時に前日来の宿直勤務を終つたが、自宅に帰つても妻が留守なので翌日の作業の準備をする気になり右三河島営業所近くの酒屋でコップ酒二杯を飲んだ後右三河島駅に赴いたこと、同駅には被告平田倉庫運輸の貨物があつたので、竹内は同被告に貨物を引き取らせるべく同被告方に引取り用の自動車を取りに行つたこと、竹内は自動車の運転免許は持つていなかつたが、自動車の運転はできたこと、竹内は同被告の代表取締役平田茂にその旨を告げて加害車を持ち出したこと、その際平田茂は竹内に自動車の運転免許証所持の有無を尋ねたが、竹内が持つていると答えたため敢えてその確認をしなかつたこと、本件事故発生地は直線平坦な歩車道の区別のないアスファルト舗装の一方通行路であるが幅員が狭く自動車は一台がようやく通行できる程度であること、竹内は加害車を運転して右道路を毎時約一五キロメートルの速度で進行し、本件事故発生地付近の道路左側を同方向に歩行している文太郎を認めたが、とくに危険も感じないまま加害車を進行させ文太郎と接触したことも気付かなかつたこと
以上の事実を認めることができる。
<証拠判断・略>
被用者の行為が使用者の「事業ノ執行ニツキ」なされたというためにはそれが被用者の職務の範囲内の行為であることを要するか否かは問題の存するところであるが、こと自動車の運転に関してはそれが客観的にみて使用者の支配領域内のことがらである限り使用者は被用者が惹起した事故について責任を負うと解されるところ、右事実によれば、竹内の加害車の運転はその職務外の行為ではあるが、これを客観的に観察するときは、なお使用者たる被告大東通運の支配領域に属するものであり、そして本件事故は竹内が前方不注視の過失によつて発生させたものであると認められるから、同被告は民法七一五条一項により原告らに対し損害を賠償する責任がある。
三(被告平田倉庫運輸の責任)
被告平田倉庫運輸が加害車を保有していたことは当事者間に争いがない。そして同被告主張の加害車の運行に対する支配の喪失の点については、<証拠判断・略>右主張事実を認めるに足りる証拠はないから(竹内が自動車運転免許証の所持に関して同被告の代表取締役である平田茂を欺罔したことは前記のとおりであるが、そのことは前記事実関係のもとにおいては同被告の加害車の運行支配喪失の有無について影響を及ぼすものとはいえない。)、同被告は加害車の運行供用者として自賠法三条により本件事故によつて生じた次項の損害を賠償する責任がある。
四(損害)
文太郎が本件事故によつて死亡したことは前記のとおり、文太郎が昭和四二年一〇月一七日午前四時四〇分頭部・顔面・胸部挫傷(右下顎骨々折および左第一ないし第四肋骨々折)によつて死亡したことは<証拠>によつてこれを認めることができる。そこで以下においてその損害額を算定することにする。
1、医療費等
原告らと被告大東通運との間においては成立に争いなく、被告平田倉庫運輸との間においては<証拠>によれば、原告吉司は文太郎の前記負傷ないし死亡に伴い
(1) 治療費・付添人費用 一九万三二一〇円
(2) 葬式費用 二万〇四六〇円
を支出したことが認められる。<証拠判断・略>。
2、入院雑費について
原告吉司は、文太郎の入院中の雑費として四四七〇円を支出した旨主張し、<証拠>によれば、文太郎の入院雑費として右金員を要したことが認められるが、右金員を原告吉司が支出したことを認めるに足りる証拠はない。却つて<証拠>によれば、右費用を支出したのは原告橋本可つ子であることが認められる。したがつて原告吉司の右主張は理由がないというべきである。
3、文太郎の逸失利益について
原告らは、文太郎は死亡によつて五九万九六一三円の得べかりし利益を喪失した旨主張する。<証拠>によれば、文太郎は本件事故当時満七一歳の老齢であつたが健康であり、不動産関係の仕事をやつて多少の収入があつたことが認められるが、その額についてはこれを認めるに足りる証拠がないので(<証拠>には、大東京火災海上保険株式会社は自動車損害賠償責任保険損害賠償額の支払いに際し文太郎の月収を二万二九〇〇円と査定した旨の記載があるが、これをもつて文太郎の収入額を認めるに足りる証拠とすることはできない。)文太郎が喪失した得べかりし利益はこれを認めるに由ないというべきであるが、文太郎にいくばくかの収入があつたことは右にみたとおりであるから、それを原告らの慰藉料算定において斟酌することとする。、
4、文太郎の慰藉料について
原告らは、文太郎の負傷および死亡による慰藉料請求権を相続した旨主張するが、被害者が致命傷を負つた後死亡した場合において右負傷と死亡とが一体と把握できる程度のものであるときには、被害者本人の慰藉料請求権は即死の場合と同様発生しないと解されるところ、文太郎は本件事故により致命傷を負い三日と一九時間余の後に死亡したものであることは前記のとおりであるから、文太郎に慰藉料請求権の発生を認めることはできないというべきであつて、したがつて原告らの右主張は失当といわなければならない。
5、原告らの固有の慰藉料
<証拠>によれば、原告いちは文太郎の妻、原告橋本可つ子はその二女、原告橋本安夫はその二男、原告吉司はその三男、原告橋本守司はその四男であることが認められ、また、右尋問の結果によれば、文太郎の近親者として原告らの他に長男訴外橋本厳がいることが認められる。これら事実に前記文太郎の逸失利益等諸般の事情を考慮すると、文太郎の負傷ないし死亡によつて蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては原告いちにおいて一二〇万円、原告橋本可つ子、同橋本安夫、同吉司、同橋本守司において各四五万円とするのが相当である(当裁判所は慰藉料額については原告らの主張額に拘束されないと解するものである。)。
6 原告吉司の逸失利益について
原告吉司は、文太郎の入院中の看護、その死亡による葬式の執行あるいは文太郎の死亡による精神的打撃に基因する高血圧症によつて倒れた原告いちの入通院の看護・付添などのため勤め先をしばしば欠勤し、得べかりし給与を減額された旨主張する。原告吉司が本件事故当時訴外株式会社宮地鉄工所に工員として勤務し、月額平均約三万三〇〇〇円の給与を得ていたこと、原告いちが昭和四二年一〇月二〇日から同年一一月二二日まで新治協同病院に同日から哺育会病院にそれぞれ入院し、昭和四三年五月初旬まで入院生活をしていたこと、原告いちは退院後もほとんど寝たきりであること、原告いちの病名は高血圧症、脳出血後の後遺症、腎盂炎、褥創であること、原告吉司が昭和四三年二月ころから同年五月まで月平均一〇日位右勤め先を欠勤したことは、<証拠>によつて認められるが、原告吉司が右欠勤のため給与を減額されたことについてはこれを認めるに足りる証拠がないので、原告吉司の右主張は理由がないといわざるを得ない。
7、損害賠償額の支払いの受領および充当
原告らが保険会社から二七五万六六五三円の損害賠償額の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。そして右金員は原告らの前記各損害額に次のように充当するのを相当とする。
ア 1の(1)の医療費・付添人費用に一九万三二一〇円、(2)の葬式費用に二万〇四六〇円
イ 5の原告らの固査の慰藉料(中、原告いちのそれ)に八四万七六六三円、その余の原告らのそれに各四二万三八三〇円
五(結論)
よつて、被告らに対する原告らの本訴請求のうち、原告いちの三五万二三三七円、その余の原告らの各二万六一七〇円および右各金員に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年六月一五日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める部分はいずれも理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(並木茂)